2015年9月4日金曜日

風と共に去りぬ

昨日も書いたように来週に行われる重賞の戸塚記念は昭和46年に創設されたから今年で43年経過しており、南関東4場公式サイトでの過去の勝ち馬は43頭だから一応計算は合っているのだが、昭和59年はエアハートとヨネジロウが1着同着だから1頭少ない事になる。
何故、こうなのかと云えば昭和61年の戸塚記念はその当時川崎競馬が存廃問題が持ち上がっていた事もあり重賞から準重賞へと格下げされたからで、その準重賞時代の戸塚記念を勝ったのは首の高い走法と500K近いオトコ馬勝りの馬体が印象的なイーグルシヤトーだ。

イーグルシヤトーは父スイフトスワローに、母はイーグルセカンド名で東海公営で活躍、中央入り後はイーグルワンと名前を変えて重賞の阪神牝馬特別2着の実績や障害で3勝している名牝、兄には浦和所属ながらハツシバオーを相手に好勝負したタケホムーテイエと南関二冠馬ソウルシヤトーがいる良血で、逃げ馬だけにハナを切れなかったり他馬と競り合うとモロい部分があったが、スピードは一級品の馬だけに牝馬限定のクイーン賞2連覇は当然としても、アイランドハンターなど一線級のオトコ馬相手の競馬で勝利した船橋・報知グランプリCやオトコ馬をスピードで圧倒して関東盃・東京盃を逃げ切り連勝するなどナイター競馬で賑わっていた当時の大井で抜群の存在感を示した女傑だった。

本来は南関で挙げた重賞5勝を土産に繁殖入りする予定と聞いていたが、芝のレースに挑戦したいと云うオーナーサイドの希望で5歳の11月に中央入り、移籍当初のイーグルシヤトーは芝での競馬に対応に苦労したのか中々ハナへ行けず、またハナを切っても早々に失速するレースが続いたが、田原成貴騎手が騎乗してそれ迄の逃げから追い込みに脚質転換を図り大成功、その後は差す競馬が板につき小倉のOP特別で中央入り後の初勝利を挙げると重賞のスワンSやCBC賞で其々2着したりするなどオトコ馬相手に互角の勝負をしていたが、残念な事に京都のOP特別で競争中止し予後不良となる。


イーグルシヤトーは南関・中央のOPクラスで活躍した名牝だけに無事に競走生活を終えて繁殖に上がり、母のイーグルシヤトーのスピードを受け継ぐ仔を見たかったと云うのが私の本音だが、必ずしもハッピーエンドを迎えられるとは限らないのが競走馬の運命だけに仕方ない、イーグルシヤトーは自身の持つ卓越したスピードで一陣の風と共に天に駆け上がったのだと考えて自分を納得させるしかない。


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