彼は一番強い馬は
ハイセイコーだと信じ
サンドバックにその写真を貼って
たたきつづけた
ふりむくと
一人のミス・トルコが立っている
彼女はハイセイコーの馬券の配当金で
新しいハンドバックを買って
ハイセイコーとネームを入れた
ふりむくと
一人の老人が立っている
彼はハイセイコーの馬券を買ってはずれ
やけ酒を飲んで
終電車の中で眠ってしまった。
ふりむくと
一人の受験生が立っている
彼はハイセイコーから
挫折のない人生はないと
教えられた
ふりむくと
一人の騎手が立っている
かつてハイセイコーとともにレースに出走し
敗れて暗い日曜の夜を
家族と口をきかずに過ごした
ふりむくと
一人の新聞売り子が立っている
彼の机の引き出しには
ハイセイコーのはずれ馬券が
今も入っている
もう誰も振り向く者はないだろう
うしろには暗い馬小屋があるだけで
そこにはハイセイコーは
もういないのだから
ふりむくな
ふりむくな
うしろには夢がない
ハイセイコーがいなくなっても
すべてのレースは終わるわけじゃない
人生という名の競馬場には
次のレースをまちかまえている百万頭の
名もないハイセイコーの群れが
朝焼けの中で
追い切りをしている地響きが聞こえてくる
思いきることにしよう
ハイセイコーは
ただの数枚の馬券にすぎなかった
ハイセイコーは
ただひとレースの思い出にすぎなかった
ハイセイコーは
ただ三年間の連続ドラマにすぎなかった
ハイセイコーはむなしかったある日々の
代償にすぎなかったと
だが忘れようとしても
眼を閉じると
あのレースが見えてくる
耳をふさぐと
あの日の喝采の音が
聞こえてくるのだ
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