続いて1963年。ビクトリアCのヒダロマンなどを出した*ダイハード、ヒカルイマイやトウメイを出した*シプリアニと2頭の Never Say Die 産駒が導入されましたが、さらに翌年にはリーディングサイアーに輝くことになる*ネヴァービートの導入されたのが決定打となり、数年後にはネヴァーセイダイ系種牡馬の輸入ラッシュが引き起こされることとなります。なお、この年は皐月賞・ダービーの二冠を制し、有馬記念でも2着に入ったメイズイと宝塚記念、天皇賞(秋)、そして有馬記念を制したリュウフォーレルとで年度代表馬選定が割れに割れ、史上唯一となる2頭による同時受賞という結果となりました。
<種付け基本データ 1963年度>
| 種牡馬数 154頭 | 新種牡馬 19頭 | 種付数 2971頭 | 生産数 2009頭 |
| 外国産 62頭 | 外国産 7頭 | 外国産 1979頭 | 外国産 1408頭 |
| 内国産 92頭 | 内国産 12頭 | 内国産 992頭 | 内国産 601頭 |
| 外国産率 40% | 外国産率 37% | 外国産率 67% | 外国産率 70% |
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